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ついさっき、架空請求の携帯メールが。こういう情報は笑いものにせなあかん&被害は減らさなあかん、ということでさらしておきます。そういえば、こういうメールが来たのははじめてですね。
途中で写すのが面倒くさくなって、↓をコピペをしたんですが、基本的な内容はそう大差はないかと思います。以上、ご報告まで。 http://www.yumenara.com/kaku/data_html/k46a82d6bada7a-157.html |
自分が見ているチャップリン作品の多くが『独裁者』以前のものが多いため、そう思ってしまうのかも知れないが、チャップリンが演じる役柄は「貧乏人」「浮浪者」のたぐいが圧倒的に多い。お金持ちで豪邸に住むチャップリンなんていうものはあまり想像がつかなく、『モダン・タイムス』ではマイホーム獲得に奔走していたぐらいだった。経済的な貧しさ、あるいは『独裁者』に見られる政治的不遇というようなものが、チャップリン作品にはつきまとってくる。 (以下、ネタバレあり) |
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あまりこういうことは書きたくないんですが、漫画に関することでちょっと嫌な気分に。
こちらにある記事(5月9日『で?』)なんですが、「(読者に)何かを与える」なんていう表現、普通はしないと思います。 読者が漫画を楽しんでくれる中で(それこそ作者も気がついていないような)何かを感じてくれたというのなら嬉しいと思いますが、そういうステップを飛ばしていきなり「何か」を「与え」ようだなんて、それが漫画の「役割」だとはちょっと考えられません。 漫画がエンターテイメント(もてなし)である以上、まず読者を楽しませるのが最優先だと思いますし、大場氏の言う「役割」なんていうものはむしろ二次的なものではないでしょうか。 全ての読者が「何か」を求めて漫画を読んでいるわけではないのに、大場氏はその読者の役割を固定しようとする。 そのことを私はあまり健康的なことだとは思いません。 読者はかえって息苦しさを感じてしまうのではないでしょうか。 2年ぐらい前に、同じ編集部の方に「オリジナリティというものは直接『出す』のではなく、テクニックを通じて『匂わせる』べきだ」と教わったことがありますが、エンターテイメントというのはそういうものだと思います。 たしかに「質」の問題は考えなければいけませんが、漫画の基本的な性質を軽んじて「質」を語ろうというのは、何か間違ってはいないでしょうか。 |









