埴谷雄高展ニ行ク
2007.11.25 (21:15) 文学・戯曲trackback(0)comment(2)
071125hys.jpg 埴谷雄高展、正式名称「無限大の宇宙――埴谷雄高『死霊』展」を観に神奈川近代文学館まで行ってまいりました。昨日、古本屋の店頭でこれのポスターを見かけ、「あ、明日最終日なんだ、じゃあ行こうかな」ということで。文学館は「港の見える丘公園」というところの奥のほうにあるのですが、場所が高い!
 客層は限定的かと思ったんですが、私と同世代ぐらいの人もそこそこ見かけました。中には親子連れも。日曜だということもあるのでしょうか、中高生の姿は見当たらなかったです。遺した原稿・手紙・メモ・ノート・所蔵本などがこれでもかというぐらいに展示されておりました。約一時間半〜二時間、ずっと立ちっぱなしです。
 山本夏彦は詩人である父露葉から受けついだスクラップや総合雑誌、日記などを読んで「時代の空気を味わった」と言いますが、似たような思いがいたしました。昨年の夏に東京写真美術館で「絶望と希望の半世紀」を見たときもそうだったと思いますが、一つの時代に立ち入り味わうような気分です。手許にこの展覧会の図録(900円)があるのですが、現物から受ける印象と印刷物から受けるそれとでは全然と言っていいぐらい違うようで、それが写美のときよりもはっきりとした感興を起こしているようです。1950年代の「国語改革」を受ける形で埴谷も所謂現代仮名遣いの文章になっているのですが、こういうところもまた「時代が変わっていく」という感覚が致します。
 大学2年〜3年ぐらいの時期にかけて埴谷の書いたもの、話したものを好んで読んできたとは言え、彼の主張・思想をきちんと理解しているのか、と尋ねられると甚だ心許ないのですが、畏敬の念と言うか、そういう念にかられてしまいます。たしか中野翠が「文学界の司祭」という言葉で彼を表現しているのを何かで見たことがありますが、埴谷雄高への尊敬の念というのはどこか良い意味で宗教的というか、崇高と言うようなニュアンスが含まれているのかも知れません。
 これを書きながら目録を読み返していたのですが、もう少し浸っていたい気分です。今日が最終日だったんですが、「またやって欲しい」と思える展示でした。

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 文学館から見えるベイブリッジ。
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たかなし
2007.12.01 (11:35) + URL + EDIT
昨年、わたしも近代文学館へ行きました。その時の特集は中野孝次展。我ながら地味です。
確かになんというか、高い!(笑) ヒールのある靴を履いていたので、ほんまに上れるんかここ……と不安に駆られたものです。
でも、いいところですよね。また行きたいなあ。
karo
2007.12.01 (20:52) + URL + EDIT
行きは公園の外の坂を歩いたのですが、あまりの急傾斜ぶりに軽く汗をかいたぐらいでした。帰りに公園の中に階段があることを知り、軽く泣きたくなりました。
とはいえ、日曜日の午後ということもあってか、非常にほのぼのしているというか、のんびりとした雰囲気でしたね。気に入りました。
来年の4月に澁澤龍彦展をやるそうなので、時期を見てまた行くかも知れません。その時はここのブログでご報告できればと思っているところです。












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